工房の引越し
工房を引っ越しました。新しい場所に引っ越してきて思う事を書いてみようと思います。
今年に入ってから物件を探し始めて、夏頃にようやく見つかり、オリンピックの直前に引越しをしました。
以前は大田区の南千束という場所に住んでいたのですが、同じ大田区の西糀谷というところへ越してきました。
西糀谷は羽田空港のすぐ近く、南千束という大田区の北側から見ると、多摩川をずっと下ったところにある下町です。
ここ西糀谷は、町工場がたくさんあります。
昔はもっとたくさんあったそうなのですが、私の隣も、その隣も工場で、今でも工場だらけという印象。昼間はあちこちでトンカンと、何かを作っている音が聞こえてきます。
家の壁が薄いのもあって、外との距離が近いと感じます。
道端での話し声、時には喧嘩の声、夜はテレビの音が聞こえてきます。
町の雰囲気も、すごく懐かしい感じがします。何か、田舎のおばあちゃんちに来たような。
タイムスリップしたような古いお店もたくさんあります。
これが下町かあ!と、なんだかワクワクします。
人によっては、こういう環境は住むのにはちょっとと、遠慮する人もいるのでしょう。
だけど僕は好きだなあ、こういうの。
大田区の北のほうは、いわゆるアッパークラスのエリアで、有名人もたくさん住んでいます。
僕の住んでいた南千束もそのエリアに入るので、そのコントラストでより西糀谷が新鮮に感じるのかもしれません。
さて、僕の工房自体の話をしましょう。
1階が工房で、2階に住居が付いている一軒家です。
こういう作りの物件は、昔はよくあったそうですが、今はもう新たに作られることはないので、現存している古い物件の中から探すしかありません。
コロナの影響で東京から撤退した、地方の企業さんが使っていた物件が見つかりました。
内見したところ、倉庫として使っていたそうで、工場は綺麗。
広さも45平米と、一人で使うには丁度いい大きさ。
すぐに契約を決めました。
▲物件の外観
▲工房の中から入り口。入り口も広い!
古い物件なので、2階の住居も使い古された感じがすごいです。
どこも床なりがするし、風呂場の床も懐かしの丸いタイルばり。
人に使われた物が好きな僕にとっては、石膏ボードと壁紙に囲まれた真っ白い部屋のどこがいいのかと思っている僕にとっては、掘り出し物の物件です。
入居にあたり、障子は外してカーテンレールをつけてあげると、大家さんから言われたのですが、障子もそのまま残してもらいました。
入居後にボロボロに破れた障子は自分で張り替えました。
▲レトロな風呂場
▲2階住居の内装
引越しから2ヶ月ほど経ちました。
まだ工房のほうは、とりあえず機械を動かせるようにしただけの状態で、これから収納やらを作って、仕事をしやすい状態にしないといけません。
住居の方も、網戸をつけたり、やる事は山積みです。
環境が変わって、大変な事はあるものの、気持ちは前向きです。
これからここ西糀谷で、どんなものを作り、どんな人と出会うのか。
希望に胸を膨らませながら、生きていきたいと思います。
▲工房にとにかく荷物を詰め込んだ
▲まとめた荷物達。部屋の端から積んでいったけど、最後には部屋に入れなくなりました。
▲片付け中の工房
最後に、引越しを手伝ってくれた友人達には本当に感謝!
お金を持たない僕にとっては、引越しは自分の力でするしかありませんでした。
長年ストックしてきた古材やら家具やら、大量の材料と、とても重たい木工機械、これらを運ぶのは本当に大変だった。
運びやすいように、材料をより分けまとめる、ダンボールに入るものは箱詰め、という作業を延々と繰り返し、最終的にダンボール箱100個、8畳の部屋いっぱいの木材となりました。
工房が3階にあったこともあって、引越し当日はひたすら階段を昇り降り。
友人が乗ってきてくれた3台のトラックを使って、西糀谷までピストン輸送しました。
2日かけて、だいたい10往復ぐらいしたでしょうか。
荷物運びが終わった後は、今度は大量のゴミ出し。
1週間近く階段を昇り降りし続け、6キロも痩せました。
ものを捨てられない僕は、材料をストックしすぎだとは分かっていたのですが、さすがに多すぎだと反省しました。
そして、助けてくれた友達には本当にありがとうでした。助かった!