decci | 世界は私。
東京大田区にある木の工房デッチです。木の家具を作っています。オーダーメイドはもちろん、修理も承ります。家具に限らず、木で作れるものはなんでもお作りし、内装などもやらせて頂いています。
木工, 家具, オーダーメイド, 注文, 木, 修理, 無垢, ナチュラル, 工房, 職人, クラフト, wood, furniture, decci, デッチ, テーブル, スツール, 棚, シェルフ, table, stool, shelf, craft, 東京, tokyo,
51464
single,single-post,postid-51464,single-format-standard,eltd-core-1.0.3,ajax_fade,page_not_loaded,,borderland-ver-1.8.1, vertical_menu_with_scroll,smooth_scroll,paspartu_enabled,paspartu_on_top_fixed,paspartu_on_bottom_fixed,wpb-js-composer js-comp-ver-4.12,vc_responsive
IMG_0007

世界は私。

ちょっと探し物があって、昔のハードディスクを引っ張り出してきて、見てました。
すると懐かしい企画書が出てきました。

これはまだ私が映像作家として活動していたころの作品企画書です。なので、当然映像作品なのですが、私が今、木工で家具を作っている事、その説明になるような気がして、ブログ記事にしてみようと思います。

この作品のタイトルは「世界は私。」
以下はその企画書からの抜粋です。改めて見てみるとだいぶ乱暴ですが、興味あれば読んでみてください。

青天の霹靂。目から鱗。
 目の前の景色が一変し、
 そこにはまったく新しい世界が広がっている。
 そんな経験はありますか?
 この窓は、そんな意識の革命を起こしたいと願う作者が、
 毎日ここに座りコーヒーを飲んだ場所です。
 お釈迦様が悟りを開いたという菩提樹の木、
 というと言い過ぎですが、
 あなたもコーヒーを片手にこの窓辺に座って、
 めくるめく脳内旅行を体験してみませんか?
作品意図
いわゆる一般的な世界の見方。
 自分は地球という惑星の日本という国に住み、窒素と酸素と二酸化炭素からなる空気を吸い、人間という種族として生きている。自分には心があり脳があり、そこから様々な感情や考えが生まれている。自分の周りにはたくさんの他人がいて、それぞれ感情や考えを持っている。
 ようするに、現代の人々が小さい頃から世の中とはこういうものなんだと、こうだからこうなんだと、繰り返し教えられ、もはや意識しなくてもそういう見方をしてしまう見方。
 そういう見方をする世界を「こちら側」と仮定します。

一方で、「こちら側」とは違ったものの見方をする世界を「あちら側」と仮定します。こちら側の考え方では、あちら側の考えは理解が困難で信じがたいと感じられます。
 例えばこちら側は西洋思想であちら側は東洋思想、こちら側は自然科学であちら側は非科学、こちら側は現代日本人であちら側は古代日本人、こちら側は主観と客観であちら側は全体、こちら側は1つの視点であちら側は多くの視点、こちら側は「その池に落ちた石」であちら側は「石はその池に見つけられた」。

本来はこちら側とあちら側の境界線はすごく曖昧なものでしょうが、「こちら側」と「あちら側」の間に窓を設置することで境界線を引きはっきりさせたのが、この作品です。こちら側の世界から、あちら側の世界を窓越しに見られるわけです。
 椅子に座り、コーヒーを飲みながら、あちら側の世界を垣間見ていると、こちら側の世界がいつの間にかあちら側になり、コーヒーを飲み終わり席を立つ頃には、周りの景色が一変しているなんて事が、起きないとは限りません。

この作品の鑑賞者の感覚としては、ピカソの絵を鑑賞した心境に近いのではないでしょうか。しかし、この作品内にピカソの絵は展示していないので、鑑賞者自身が心の中でピカソの絵を描き、それを鑑賞するという、かなり手間のかかる鑑賞の仕方になります。
 その分、鑑賞には時間がかかり、毎日ここでコーヒーを飲んで1年後にやっと鑑賞が終わるといった感じになるかもしれません。

といった、かなり長い作品意図がありまして、この後に作品イメージが出てきます。
それが、この記事のトップにある写真なのですが、ようするに窓と椅子のある空間を作り、その窓に「あちら側」の映像を投影し、鑑賞してもらうという作品です。

あちら側というと、なんだか霊的な印象ですが、そういう世界ではなく、もっと哲学的な世界をイメージしていた気がします。そのあちら側をどう映像で表現するか、そこがこの作品の肝となりますが、それは今回は置いときます。

今回、この企画書を記事にしたのは、当時の私の興味が、映像そのもの、映像をどう作るか、という事よりも、その映像をどういう環境で見るか、という事に重きを置いているからです。

また、普通の映像作品には尺があり、始まりと終わりがあります。鑑賞者はその間、じっとスクリーンを見て、終わると目を離します。この作品では、映像自体に始まりと終わりがありません。映像は繰り返しその窓に表示され、鑑賞者がその映像をじっと見る事を強制していません。映像を、ひとつの風景のような扱いをしてるわけです。

映像そのものよりも、その周りの空間への興味、そして、時間軸の基準が映像作品そのものよりも、鑑賞者の時間軸を中心に考える方向へ向っていった事、そういった事が私を映像から離れさせ、木工へと向わせたのではないかなと思います。

さて、お気づきの方もいるかも知れませんが、この作品イメージのイラストに描かれているスツール。
先日4脚目を作って、先ほどWORKSのページにも載せましたスツールと同じものです。
私自身、このスツールをいつ頃思いついたのか定かではないのですが、もうこの頃には思いついていたんですね。私も久しぶりに見たこの企画書に、思いがけずこのスツールが描いてあってびっくりしました。

この頃は木工の事なんて、なんにも知らなかったのに、どういうつもりでこの形にしたのか、我ながら不思議です。

ちなみに下の写真が初めて作ったスツールです。今のと比べるとだいぶ荒々しい(笑)

IMG_0007_2