decci | 木工のはなしを読んで
東京大田区にある木の工房デッチです。木の家具を作っています。オーダーメイドはもちろん、修理も承ります。家具に限らず、木で作れるものはなんでもお作りし、内装などもやらせて頂いています。
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木工のはなしを読んで

早川謙之輔さんの本が面白かったので、2冊目を読みました。
「木工のはなし」という本です。

早川さんの本を読んでいると、背筋が伸びます。
早川さんがとても謙虚なのもあるのですが、木工をするとはどういうことなのか、木とはなんなのか、考えさせられました。

本の中で私が印象に残った言葉を引用させていただいて、感想を書いていこうと思います。

ものの見方、考え方を、体験で育ててきた人の話は、静かであるが、迫力があった。
先輩達が語る経験の多くは若い頃から壮年に至る間にされていた。若い間に学ばねばならぬと思うゆえんである。若い頃を無為に過ごした私は、死ぬ間際まで壮烈に自己の研鑽を積んだ人のことを思う。一歩でも半歩でも前進するしかあるまいと、自らに言い聞かせている。

私自身が木工の勉強を始めたのは34歳の時です。それまでは、大学の職員の仕事をしながら映像を作っていました。パソコンをずっと使う生活だったので、今の木を削る毎日とは全然違う生活でした。

木工仕事とパソコン仕事との違いで、私がよく思う事があります。人の感覚の使い方というのでしょうか。
例えば、キーボードで「a」と入力します。誰が入力しても「a」と入力されます。思いっきりaを叩いたところで、決して大文字のAにはならないです。
木工の場合、単純な1つの動作、切る、叩くなど、いくら単純な動作でも、同じ動作をするのがとても難しい。キーボードで例えると、絶妙の力加減でaを押さないと、aと入力されない、少し間違えると大文字のAになってしまったりという事です。

楽器をしている人は、この辺の感覚はよく分かるのかもしれないですが、デジタルのモノ作りに慣れていた私には新鮮でしたし、苦労するところです。
逆にだれでもaと入力できるからこそ、デジタルのモノ作りの難しさ、奥深さがあるのですが。

映像から木工へと仕事を変えた事を人に話すと、またずいぶん変わったね、どうして?と理由をよく聞かれます。デジタルのモノ作りが嫌になりアナログの世界へ、という訳ではありません。私の中では、映像も家具も、モノを作るという根っこは同じだと思っています。
映像の事をずっと考えていた毎日は楽しく、全然後悔はしていないのですが、木工の技術や知識という面では私は圧倒的にスタートが遅く、果たして若い頃から木工をしている人達に死ぬまでに追いつけるのだろうかと不安に思います。
まあ、早川さんの言う通り、少しづつ成長するしか道はない。頑張ろう。

100パーセント表に出るとは思わないものの、作るものは、作る者そのものだと思う。

ほんとそうだと思います。良い事言うなあ。
これは木工に限らず、なんだってそうですよね。
だからなのか、私は友人が作ったモノが好きです。誰が作ったか分からない大量生産品よりも、会った事がある人が作ったモノのほうが、例え少し使い勝手が悪くても、いいなあと思います。
逆に、そういう考えの人達に私は支えられているんですけどね。

自分に正直に、今できることをきちんとやるほかないように思う。
望もうと望むまいと生きている限り変り目はある。工房で共働している人の数が変わる。
出会いや別れがあって知人、友人も変わってゆく。私は一人で仕事をしているのではない。
人と人の間で、助けられ、影響を受けながら、小さな我を張っているのである。
おぼろげに今までやってきた諸々の中に、次の芽生えがすでに用意されているように思う。突然次の出発があるとは思えない。

そうなんですね。
私も丁度いまは変化の時期、しょうがないことだけど、変化してしまうのは少し悲しくもあります。
でも人と人の間で、助けられ、というのは独立してみてより実感するところです。
普段は一人で作業しているのですが、組織の中で仕事をしていたときより、それはすごく感じます。

まだ独立したての頃、近所のおばさんが椅子の修理を頼みたいと仕事をくれました。
接着剤が劣化して、ぐらついていたその椅子を、接着しなおして持っていきました。
半年ほどした頃、そのおばさんから電話が。直してもらった椅子がまたグラついてきたとのこと。
どうやら接着が甘かったみたいです。
申し訳ありません!と急いで直して、再度持っていきました。
修理代はいくら?というので、今回は自分のミスなのでお代は頂けませんと断りました。
それでも無理矢理私にお金を握らせ、
「いいのよ、持っていきなさい。がんばりなさいよ!」
と言ってくれました。
「はい!ありがとうございます!!」
嬉しかったです。お金をくれた事がではなく、応援してくれた事が。
なんというか、粋だなと思うのです。

この本ではないですが、早川さんも市井の支援者という言葉を使っておられます。若い者に仕事の機会を与える。仕事の機会を得た若い者は、それらの要望をクリアしながら成長していく。
大げさなのかもしれませんが、私は街が自分を育ててくれるような、そんな感覚を抱きます。

お隣の桐たんす職人さんは、生まれてからずっとここ大田区南千束で生活しています。なので、近所の人はみんな知り合いなんですね。桐たんすの仕事をする傍ら、家具の修理や古物商もしているので、近所の人は家具の事になるとみんなその桐たんす職人さんに相談しにくる。

その職人さんが、ある日、店先で包丁を研いでました。
「なんで包丁研いでんすか?」と聞くと、「近所のおばちゃんが包丁研いでって持ってきたの」って、困った顔して言いました。面倒くさがりながらも、刃物を研いであげてるんですよね。

そんなことまでやってあげるのかという驚きと、嫌々ながらやるその職人さんの人の良さと、なんだか可笑しくて、私にとっては微笑ましい瞬間でした。

でもその姿が、私の目指すところだと思います。
街と自分の、持ちつ持たれつの関係、育てられそのお返しに役に立つ。
個人対個人の関係で、仕事をする。
私が今後どこで仕事をするにしても、そういった地域の人に頼り頼られながら、木工というスキルを活かして生きていきたいと思います。

といいつつ、オリジナルの家具を、私にしか作れない家具をという野望もまだまだありますので、今後もなんのかんの作って、こんなの作ったよって自慢はしていくと思いますが。

最後に早川さんの言葉で締めくくります。モノを作り続けた人の言葉だな、素敵な文章だと思います。

一日の仕事を終えて工房に鍵をかけてから、家路につく。作業台の上には工具と材料が置いてある。倉庫の中には次の仕事の材が寝ている。火の元の確認を反芻する。作業台の上は、明日、手をかけるまでは微動もしない。人が物を作るのである。